桐島聡の時効はいつまで?指名手配の事件で何をしたかも調査!

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指名手配されていた桐島聡容疑者の身柄が確保されました。

この記事では、桐島聡容疑者の時効はいつまでなのかと、指名手配の事件で何をしたのかも調査しまとめていきます。

目次

桐島聡の時効はいつまで?

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桐島聡容疑者の時効はいつまでなのかですが、2010年に改正された刑事訴訟法によって、停止されています 。

桐島容疑者は1975年に連続企業爆破事件を起こした組織「東アジア反日武装戦線」のメンバーで、唯一逮捕されていなかった人物です。

50年前の事件で時効が成立しているのではと疑問に思う方もいるかもしれませんが、法改定により時効は停止されました。

法改正前の爆発物取締罰則違反の時効は15年だったので、1975年の事件は1990年に一旦時効を迎えています。

2005年に刑事訴訟法が改正され、爆発物取締罰則違反の時効は15年から25年に延長となりました 。

したがって、1990年から2005年の間は時効成立期間でしたが、2005年の改正後には時効が再開されています。

刑事訴訟法は2010年にも改正され、殺人や爆発物取締罰則違反などの重大犯罪については、時効が停止されることになりました 。

つまり、桐島聡容疑者の事件に時効は成立していません。

桐島聡は指名手配された事件で何をした?

桐島聡容疑者は「東アジア反日武装戦線」のメンバーで、連続企業爆破事件の容疑者として全国に指名手配されていました。

1975年4月に、銀座にある韓国産業経済研究所の入口に手製の時限爆弾を仕掛けて翌日に爆発させています。

他にも爆破事件をいくつも起こしました。

  • 1974年12月23日 鹿島建設爆破事件(死傷者なし)
  • 1975年2月28日 間組本社ビル(9階・6階)及び大宮工場同時爆破事件(9階爆破で1人が加療4か月の骨折・重傷等 6階では死傷者なし)
  • 1975年4月27日 間組江戸川作業所爆破事件(1人が加療約1年3か月を要する頭部外傷等)
  • 1975年5月4日 間組京成江戸川橋工事現場爆破事件(死傷者なし)

桐島容疑者が連続爆破事件に共謀・実行に関与したことが認定されています。

桐島聡が病院で自白

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産経ニュース

桐島容疑者は全国指名手配犯の身でありながら、約50年もの間逮捕されず潜伏していました。

桐島容疑者は偽名を使って横浜の病院に通院していましたが、2024年1月25日に病状が悪化し病院に運ばれ、「自分は桐島聡だ」と自白しています。

警察はDNA鑑定などを行い身元の確認を進めているようですが、25日には話せる状態だった桐島容疑者は27日に危篤状態にあるそうです。

まとめ

桐島聡容疑者の時効はいつまでかですが、1990年に一旦時効を迎えていました。法改定により2005年から時効が再開され、2010年からは時効が停止とななりました。

約50年前に起きた連続企業爆破事件を起こした「東アジア反日武装戦線」のメンバーで、危篤になる寸前に自白しています。

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