柴田恭兵の次男の大学は九州?死因は心臓発作で20歳の時に亡くなっていた!

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俳優の柴田恭兵さんには3人の子供がいますが、次男は大学生の頃に亡くなっています。

柴田さんにとって息子の死は悲しい出来事でしたが、次男はどこの大学に通っていて何があったのでしょうか。

この記事では、柴田恭兵さんの次男の大学は九州だったのかと、死因は心臓発作で20歳の時に亡くなっていたことについて調査しまとめてきます。

目次

柴田恭兵の次男の大学は九州?

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オリコンニュース

柴田恭兵さんの次男の大学は、福岡県福岡市の九州芸術工科大学に通っていました。

九州芸術工科大学は2003年に九州大学に統合されており、九州では名門大学に位置づけられています。

柴田さんの次男・鮎さんは、コンピューター音楽を学ぶために九州芸術工科大学に進学し、一人暮らしをしていたようです。

そんな次男の鮎さんですが、2004年12月に心臓発作が原因でマンションの自室で遺体となって見つかりました。

柴田さんはプライベートなことをあまり話さず、報道されたのは亡くなってから10ヶ月後のことです。

俳優柴田恭兵(54)の二男鮎さんが昨年12月に心臓発作のため死去していたことが24日、分かった。20歳だった。

九州の大学に進学した鮎さんは、1人暮らしをしていた自室マンションで遺体となって発見された。

所属事務所は「病死とだけ聞いております。柴田からこの件で対応することはありません」と話した。

2005年10月25日

日刊スポーツ

柴田さんの次男・鮎さんが亡くなった2004年は、柴田さんが出演した映画「半落ち」「69 sixty nine」が公開された年でした。

鮎さんが亡くなった2ヶ月後には山形県で行われた「第一回村上透映画祭」に参加され、何事もなかったかのように参加していたそうです。

柴田さんは村上監督だけに息子が亡くなったことを打ち明けて、周りのスタッフには気を遣わせないように映画祭での役目を果たしています。

柴田恭兵の次男の死因は心臓発作で20歳で亡くなる

柴田恭兵さんの次男の死因は、心臓発作で20歳の時に亡くなっています。

柴田さんの次男・鮎さんは気管支喘息の既往があり、2004年12月に一人暮らしのマンションで遺体で見つかりました。

所属事務所のコメントでは「病死とだけ聞いております」とのことだったので、死因について公表はされていません。

気管支喘息の既往があったため、喘息の発作と心臓発作を併発してしまったのではないかと言われているようです。

喘息の発作での死亡例もあり、鮎さんの死因は

  • 喘息の発作
  • 心臓発作
  • 喘息の発作と心臓発作の併発

のいずれかだったのではないでしょうか。

柴田さんは次男の鮎さんが亡くなった2006年に肺がんが見つかり、辛い出来事が重なりましたが、現在は自身の病気を乗り越えて俳優として活躍し続けています。

柴田恭兵さんの現在は病気が再発したのかや、痩せた理由はについてはこちらに詳しく記載されています。

まとめ

柴田恭兵さんの次男の大学は九州芸術工科大学で、コンピューター音楽を学ぶために東京を離れて一人暮らしをしていました。

20歳の時に心臓発作で亡くなったと言われていますが、事務所のコメントでは「病気とだけ聞いております」とはっきりした病名は公表されていません。

気管支喘息の持病があったため、喘息の発作と心臓発作が併発した可能性もあるようですが、実際はご家族や近親者のみが知っていると思われます。

柴田さんは自身の肺がんも克服して現在も俳優として活躍し続けているので、これからの活躍にも注目ですね。

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